座布団なるもの、なにやら不思議ではないか。相撲見物では熱狂した客にブン投げられ、かしこまった場所では「ささっ、どうぞ、どうぞ」とムリクリ尻の下に滑り込まされ、昼寝となるとむんずと折曲げられる。赤ん坊のオムツ換え、人生最後のイベント・葬式と、日常から非日常空間まで幅広く登場する備品だ。

 私はいつも(からだのデカイ自分が)どっかり安心して座れる、適度にふかふかでおさまりの良い「自分の居場所」という名前の座布団を探してきたような気がする。あなたには、すわり心地のよい座布団(居場所)がいくつありますか?               しまこ


◆ 過去の日記
乱太郎ブログ
『河童の川流れ』 (11.8)
『救われない、おれ』 (10.31)
『そのへんの分別』 (10 .24)
『ビー玉事件〜おれは5針で男になった』 (10.18)
『父子交換日記』 (10 .11)
『涙と笑いと感動の運動会』 (10.3)
『おとうと交換日記』 (9.26)
『将来の夢』 (9.20)
『大人の…(点々々)の意味』 (9.12)
『乱太郎、雨の日にふるさとを想ふ』 (9.5)
『カブトムシ飼育における性教育の一考察』 (8.29)
『ちょっとずつ、さようなら』 (8.22)
本日と来週休載いたします。 (8.8)
『うっかり八兵衛』 (8.1)
『水の分子は手と手を繋ぐらしい』 (7.25)
『子どもの気持ちを受け止める』ということ (7.19)
『おかんの葛藤』 (7.11)
『若貴兄弟の確執』 (7.4)
乱太郎の『早寝・早起きのススメ』 (6.27)
『男の脳、女の脳』 (6.27)
『ADHD疑惑問題〜まあ、おれは確かにそれっぽい』 (6.20)
『おかんの罵声筒抜け疑惑問題』 (6.14)
『今日から乱太郎ブログ』 (6.6)

以前の記事(しまこの日記)
何を守りたいんだろう ()
葬儀出席のため帰省〜次回は4月27日で。 ()
vol8『テレビゲーム、どうする?』(この項終わり) (4.13)
vol8は4月13日アップします ()
vol7『テレビゲームどうする?』その5 (4.4)
vol6『テレビゲーム、どうする?』その4 (3.28)
vol5『テレビゲーム、どうする?』その3 (3.21)
vol4『テレビゲーム、どうする?』その2 (3.7)
vol3『テレビゲーム、どうする?』その1 (2.28)

++++++++++++++++shimakoからのオシラセ++++++++++++++++
*しまこの座布団、毎週月曜日掲載予定です。
*「アタシ探し シゴト探し 33歳からのハローワーク」好評発売中

*小学館の女性向け総合情報サイトmuffin-netにて「30歳からの自分ルネッサンス」連載中です。 毎週火曜日更新

 
『ビー玉事件〜おれは5針で男になった』 10.18
 おれ、乱太郎。
 少々、風邪をひいた。1日遅くなって申し訳ありません。今日は、学童をお休みしてまっすぐうちへ帰ってきました(リアル?)。

 おかんに、腫瘍ができた。がーん!!ある朝、目が覚めたら、右の耳の下に「なんだかぽっくりしたふくらみに気づいた」のだそうだ。
 「ねえ、ねえ、さわってみて」と、家族全員に触らせる。
 直径2センチ近くではっきりとしこりのようなものが、こんもりと盛り上がっているではないか。
 おとうは「本当だ。すぐ病院に行けよ」と真剣にいう。おかんは「悪性じゃないよね。悪性だったらどうしよう!」と泣きそうだ。
 妹はあっけらかんと「ママ、死んじゃうの?」といきなり本人を刺激する言葉を平気でいう。
 おかんはすぐさまどよよ〜んとした表情になり「あんたたち、もし、ママになにかあったら悲しい?」とさびしそうな顔でつぶやくではないか。

 その後、おかんは隣の市にある大きな病院へ行って、診察をしてもらった。病院に行く前の夜は、「腫瘍」「悪性」などを検索しまくり、プリントアウトして「ママの腫瘍資料」と頭のページに書き込んでもっていった。
 「取材じゃないんだから、事前にそんなに調べなくても…」とおとうはあきれていたが、「心の準備と、お医者さんの説明を聞いたときにすぐさま理解できるようにするのです」と答えていた。
 (そりゃ、取材と一緒じゃんか、おかん…)とおれも思ったが、本人の胸中を察して、言葉を飲み込んだ。

 診察で、おかんは「90%大丈夫だと思いますが、一応CT撮っちゃいましょう。それに、もし両性でも、悪性に変化することはあるので最終的に手術して取っちゃったほうがいいですよ」とお医者さんにいわれた。
 おかんはあらかじめ仕入れた即席の知識で「細胞診はしなくていいのでしょうか?」と尋ねたら、「細胞診よりも全部とって検査したほうがいいですよ。さきほども申し上げたように、いま良性でも悪性になることはあるので」といわれたそうだ。
 他にもいくつか「いらん質問」をして時間をとらせてしまったらしい。
 恐らくお医者さんは(もう、最近の患者ってにわか知識だけはいっちょまえだからなあ)と嘆息したことだろう。すまない。うちのおかんに当たってしまったのは不運としかいいようがない。

 その診察で「不安が100%から50%になった」というおかんはその後、CTを撮った。
 画像をみたお医者さんは「かなり皮膚に近いところにあるので、99%大丈夫でしょう」といった。「大丈夫度」はここでさらに9%アップした。気分が乱高下しやすいおかんは、これでかなり晴れ晴れとしたようだ。
 
 心配してくれていた隣家のぴかちゃんのママに喜びいさんで電話をしていた。
 「大丈夫みたい。うんうん。なんかかなり皮膚に近いところでね。そうそう。腫瘍の中身?わかんない。なんだろう。カルテを盗み見したときは、肉腫って書いてあったよ。脂肪?うんうん、そうかもね。も〜、体中どこにも(脂肪が)つくところがなくなっちゃって、こんなところについちゃったのかしらぁ。はははは。え?自分で言うなって?ははははは」
 とまあ、そんなふうに、超明るかった。
 
 その夜は、いつも夜中に原稿書きをするためめったに晩酌などしないおかんが「ビールで乾杯ね!」といってひとりでビールを飲んだ。おれらは麦茶だった。

 おかんが不安に思うのにはワケがある。おかんは悪性腫瘍(がん)は隔世遺伝だとなぜか信じているため、4人の祖父・祖母のうち3人を悪性腫瘍で亡くしているおかんは自分が「がん体質」だと思い込んでいるんだ。
 対するおとうは「ママは心配性だねえ。おれなんか、じいさん、ばあさんがなんで死んだんだか知りもせんぞ」とすこぶる能天気だ。

 ところが、せっかくこころの健康度をアップさせたおかんが、手術前の検査から帰ってきてまた落ち込んでいた。
 「どうしたの?何回もため息ついて」とおれが聞いたら、「今日ね、手術の段取りとか説明があってさ。もし、悪性の場合はどんな治療をするのかっていう説明があったの」としおしおしている。そりゃあ、そうだ。99%でも1%はわからない。お医者さんもきちんと説明したのだろう。
 そんなハナシをしていたら、妹を迎えにいったおとう(仕事が休み)が帰宅した。おとうをみたら、おかんはよけいに悲しくなったもようで「くすん、くすん。やっぱ、まだ油断できないよね。くすん、くすん」とさらにしおしおしはじめた。

 とはいえ、手術は30分で日帰りだ。しかも、おかんがとった予約の日は同じような腫瘍を切除する人が6人くらい30分ごとに手術を受けるのだそうだ。「ひとり長引くとどんどん後ろ倒しになるのかね」とおとうがいうと、おかんは「なんだか、美容院みたいだね。はははは」と笑う。「6人も一緒に手術する人がいるくらいだからきっと大したことないよ」とおとうがいうと、おかんはほっとしたみたいだった。

 もうひとつ、おかんにとって手術が憂うつな理由は、局部麻酔の注射だ。おかんは注射が大嫌いなのだ。おれも大嫌い。おととしのインフルエンザの注射も妹は平気なのに、おれは泣いた。
 「顔に打つんだよ。注射を顔に打つの。どうしよう」とまたおとうにしおしお訴える。「でもなあ。全身麻酔っちゅうわけにはいかんだろうし」とおとうは(子どもじゃあるまいし)といった呆れ顔でつぶやく。

 すると、おとうが「そういえば、わが家に、顔面に麻酔注射を打った方がいらっしゃるではないの」といって、おれを指差した。そう。おれは小学1年の春、保育園の保護者会の打ち上げのあった居酒屋のこあがりから靴をはこうと足をおろそうとしたときに、うしろから来た妹の仲間のちびっ子たちに押されて転倒。目の前のカウンターにあごをぶつけてあごの下を5針縫うけがをしたのだ。
 おかんは最初、バンドエイドをしっかり固定すれば傷がふさがるのでは、と思ったらしい。だが、傷口はパッカリあいて、あるママは「きゃっ」と悲鳴を上げたくらいだった。なので、救急病院へ直行。おれは診察台に寝かされた。先生が「もう、ここで縫っちゃいましょうね」とにこやかにいった。おかんは「そうですね。縫ってください」といってサッサと診察室から出ようとする。年配のベテランっぽい看護婦さんは手早く消毒したりとせかせか動く。
 おいおい、おむつ縫うのとはワケが違うぜ。おれにはなんにも説明なしかよ。インフォームドコンサートじゃなかった(これはおれのじいちゃんが肝臓を患ったときに九州のがんセンターで担当医にそういって笑われた)インフォームドコンセントをしてくれよ。「ママ、ここにいてよ」おれはおかんを引き止めた。看護婦さんも「おかあさんはここにいて、体を押さえるお手伝いをしてください」とおかんに言った。
 おいおい。「体を押さえるって、なんだよ。それって、痛くておれがのた打ち回るからだよな。ってことはさ、そんなに痛いのか?“縫う”ってゆーのは…」おれの不安感・恐怖感・緊張感は150%にふくらんだ。

 さらに、先生がおれに告げた。
 「じゃあ、縫う前に、痛くないように、麻酔の注射をするね。実は注射も痛いんだけどさ。痛くしないようにする手段が痛いって言うのもさ、ぼくには納得できないかもしれないけれど。はははは」
 (チョー納得できねえよ!)と、おれはこころの中で叫んだ。そして、おれは訴えた。
 「おれ、注射なんていやだ!」
 すると、「乱、でもね、注射しないともっと痛いのよ。我慢しようね」とおかん。「どのくらい痛いの?」とおれ。「百倍痛いのよ。いい子にしようね。ご褒美あげるからさ」とおかん。その言葉でおれは観念した。

 で、おれは、インフルエンザの予防接種を思い出し、とっさに長袖のシャツをまくり上げた。すると、看護婦さんが「くくくくっ」と笑いをこらえるようにして片手で口をおさえながら「ぼく、腕じゃないのよ。けがしたのはあごだからね。あごに注射するから」というではないか。
 (あご???あごに注射ですと?)おれは頭の中が真っ白になった。おかんをみると、おかんのほうが泣きそうになっている。「ママっ、あごの注射も痛いの?」と聞いたら、「マ、ママはしたことがないから、わ、わかんないけど…。と、とにかく、がんばれ、乱」とおかんは口ごもる。恐らく、おれの不安感・恐怖感・緊張感は200%は超えていたに違いない。
 おれは暴れた。「やだやだやだやだ・・・」。

 そのとき、おかんはおれに耳打ちした。
 「乱、ビーダマン、買ってあげるよ。買ってあげるから、がんばれ!」当時流行し、おれがひどくはまっていたおもちゃだ。
 おれはふと、我に返った。そして、おかんに「本当?じゃあ、2体ね?この後、ヨーカドーで?」と購入個数、購入先、購入日時をすばやく確認した。
 「そうよっ!もう、二つでも三つでも買ってあげっからっ!」おかんは、もう、“破れかぶれ”といった風情だ。
 おれの体を押さえつつ、看護婦さんに向かって「ああ、本当はこういうのいけませんよね」と苦笑いをしたら、看護婦さんはうなずいておれに言った。
 「この際だからなんでもオッケーにしましょう。ほら、ぼく、ビーダマだってよっ!!」

 ビ、ビー玉じゃないんですけど…。

 おれと、おかんはほぼ同時に同じことを思ったはずだ。

 「ビー玉じゃな…」と、おれが訂正しようとした瞬間だった。
 先生の手から放たれた注射が、おれの柔らかい白いあごに突き刺さった。
 おれは泣くどころじゃなかった。「ビー玉じゃないんですけど」そのひと言がいえなかった無情感がおれを包んでいた。

 帰宅してから、おかんはおとうに電話した。
 「乱、本当にえらかったのよ!叫びも泣きもしなかったの。本当に立派だった。ねっ!」
 電話をしながらこちらを見たおかんに向かって、おれは力ない笑顔を浮かべるしかなかった。看護婦さんにおれがビー玉で注射を我慢したと思われたことが、しゃくでたまらなかったのだ。
 そして、もっとしゃくにさわるのは、おかんがいつまでもいつまでも、何回も何回も、人にこの「ビー玉事件」をおもしろおかしく話すことだった。


 この日、おかんとおとうは、久々に「ビー玉事件」の話で盛り上がった。おとうは「乱は、5針縫って男になったよな」と言って、ビールを飲み干した。
 おかんは調子に乗り「パパ、ママも手術のお注射、がまんするよ。何、買ってくれる?」と聞いた。
 おとうは「そりゃ、ビー玉でしょ」と答えて、風呂場に消えたのだった。
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© しまこの座布団 - 2005